第3章温泉より島のほうがオモシロイやろ
心の底から好きだったのかと問われると、答に困ってしまう。でも、貧乏臭い格好をした彼の姿は、17才の娘をして私がどうにかしてあげなきゃいけないと思わせるものがあった。母性本能をくすぐられるというやつか。思い返せばいつも私はこの手のタイプに弱い。仕事もせず、いまどき珍しく車も持っていない彼とのデートは、いつも散歩ばかりだった。モンキーパークで猿を見たり、ゲーセンで時間をつぶしたり。それでも、自分を理解してくれる人と一緒にいるだけで私はやすらぎを覚えた。出会ってから3ヶ月ほどたった7月の上旬、彼が電話をかけてきた。
聖子、今から旅行に行かへんか
いきなり誘ってくるのはいつものこと。ただ、旅行というのがちょっと新鮮だった。
いいけど、どこ行くん?長島温泉なんかどうや そうやなあ…
2人は電車に乗って三重に向かった。考えてみれば男と一緒に旅行をするのは生まれて初めてだ。温泉旅館の静かな夜。悪くない。
ところが旅の途中、彼が行き先を変えようと提案してきた。島にでも行かへんか
鳥羽のほうに小さな島があるから、そこで泊まりたいと言う。温泉より島のほうがオモロイよ そうやなあ
別に私としては温泉でも島でもどちらでもよかった。遠出しているだけでなんとなく気分は良かったから。そのまま電車に乗り続け小さな駅で降り、そこからタクシーに乗った。
運転手さん、●●●●行きたいんやけど。
●●●●。初めて聞く名前だった。