seikox’s diary

掲示板 http://9205.teacup.com/seiko/bbs 島に売られ泳いで逃げてきた女の復讐戦。人権問題、性被害に関心ある方、参戦ください

第11章悲しい勝利 誰もいないスポットから飛び込んだ

決行の日は8月9日だった。計画の上ではない。旅館の2階廊下の隠れたところに、1台だけピンク電話があるのを見つけたことが引き金となった。私は思わず暴走族をやってる男友達に電話した。機動力のあるのはアイツらしかいない。

「聖子やけど、覚えてる?」「あ、どうしたん?」「今私、●●●●におるの」「どこや、それ」「三重。地図で調べて」

いきなりかかってきた電話に友達はびっくりした様子だったけど、説明するうちに私の置かれた状況を理解してくれた。「逃げるって泳いでか」「うん泳ぐわ。だから迎えにきて欲しいんやけど。地図で探して3時ぐらいに来て」すでに決心はついていた。無理矢理買わされたバッグも、着物も、旅行に持ってきた荷物も財布も全部放ったらかして、私は旅館を抜け出した。まだ日は高い。島はいつものように静まりかえっている。立ちんぼのおっさんの前はわざと平静を装って歩いた。

小道を通って例のポイントへ。やっぱり誰もいない。よし、今だ。今しかない。

服を着たままだと、水を吸った重みで体が動かなくなる。確かそう聞いたことがある。

私はトレーナーとズボンを脱ぎ捨てた。もう恥ずかしさなんてなかった。ブラジャーとパンティ姿になった私は、1メートルほど下の海に飛び込んだ。冷たい水が体を包む。

慌てて手足を動かす。見つかったらまた連れ戻されてしまう。最初はそれだけを恐れて泳いだ。クロールに疲れたら平泳ぎに。

幸い誰も追いかけてくる気配はなかった。

漁船も通らない。ただ途中で、岸にたどりつけずに溺れるんじゃないかと考え始めてからは、体が強ばって言うことをきかなくなってきた。死にたくない。死にたくない。

あれだけ人生に諦めの入っていた私なのに、やっぱり死ぬのは怖くてならなかった。途中、いろんなことを思い浮かべた。私が死んだら誰が悲しむだろう。そんなことも考えた。誰の顔も浮かんでこないのが悲しかった。どれぐらいの時間泳いだかわからない。

足が地面に着いたときは、もう全身クタクタで、腕には感覚がなかった。下着姿で歩き回るわけにもいかず、私は首まで海に浸かりながら、友達の迎えを待った。

バイクと車の爆音が聞こえてきたのは、到着後15分ほどしてからだった。

あれからもう、何年経っただろう。

つい最近、懐かしくなって「N」の女将さんに電話をかけてみた。お金にはうるさかったけど、お母さんのような人だったと私は今でも思っている。「メグミちゃん、元気?最近不景気で困ってんのよ」近くにスペイン村鳥羽市のテーマパーク」ができてから、●●●●にも家族客が多くなり、島内が健全化しているらしい。夜もそれほど活気がないそうだ。「いつでも戻ってきていいから」

女将さんは言った。その優しい言葉に、私はまたあの海を渡ってしまうかもしれない。